福岡高等裁判所 平成10年(ネ)273号 判決
主文
一 原判決中、被控訴人乙川太郎及び被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会に関する部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人乙川太郎は、控訴人に対し、被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会と次項の金額の限度で連帯して、金一六五万円及びこれに対する平成八年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会は、控訴人に対し、被控訴人乙川と連帯して、金一一五万円及びこれに対する平成八年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 控訴人の被控訴人乙川太郎及び被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会に対するその余の請求をいずれも棄却する。
二 控訴人の被控訴人甘木市に対する控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人に生じた費用の三分の一と被控訴人乙川太郎に生じた費用の三分の一及び被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会に生じた費用の二分の一を控訴人の負担とし、控訴人に生じた費用の三分の一、被控訴人乙川太郎に生じた費用の三分の二を同被控訴人の負担とし、控訴人に生じた費用の三分の一、被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会に生じた費用の二分の一を同被控訴人の負担とする。
被控訴人甘木市に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
四 この判決は一項の1、2につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは控訴人に対し、連帯して三三〇万円及びこれに対する被控訴人乙川太郎(以下「被控訴人乙川」という。)においては平成八年九月一〇日から、被控訴人社会福祉法人甘木市社会福祉協議会(以下「被控訴人社協」という。)及び被控訴人甘木市(以下「被控訴人市」という。)においては同月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四頁五行目の「(一)ないし(四)」を「(一)ないし(五)」と、同六行目の「(五)ないし(八)」を「(六)ないし(九)」とそれぞれ改め、同五頁末行の次に改行の上次のとおり加える。
「(五) 被控訴人乙川は、控訴人に対し、同年四月から六月までの間、①平成四年度分までの過去の帳簿、伝票等の提出を次々と命じ、短くて三〇分間、長くて三時間も控訴人を拘束して、毎日のように「お前盗っとりゃせんか。」と申し向け、②「残業するのはさばけないからだ。」「残業すると電気代がかかる。電気代は払わんぞ。むしろ電気代はもらわんといかん。」と申し向け、③「機械を使うより手作業が早い。」と言って、控訴人がパソコンを使うことが事務処理遅滞の原因であるかのようにいい、④一方で、「お前には前に助けてもらったので、お前だけは助けてやる。」と持ちかけた。」
二 同六頁初行の「(五)」、七行目の「(六)」、九行目の「(七)」、末行の「(八)」を、それぞれ「(六)」、「(七)」、「(八)」、「(九)」と、同八頁末行の「(一)ないし(四)」を「(一)ないし(五)」と、「(五)ないし(八)」を「(六)ないし(九)」とそれぞれ改める。
三 同七頁七行目から末行までを次のとおり改める。
「(三) 被控訴人市は、平成八年三月二九日に被控訴人社協との間で締結した協定書に基づき被控訴人乙川を市職員の身分を有したまま被控訴人社協に派遣したものであり、分限及び懲戒権も有しているのであるから、依然として被控訴人乙川の使用者である。また、被控訴人市が被控訴人乙川を被控訴人社協に派遣したのは、被控訴人市の事業目的の範囲内に属するからであり、被控訴人乙川の前記2の行為は被控訴人市の事業の執行につきなされたものということができ、被控訴人市も使用者責任を負う。」
四 同一〇頁五行目の次に改行の上次のとおり加える。
「(五) 過去の帳簿、伝票等の提出を命じたことはあるが、控訴人を拘束したことはない。また、パソコン操作については、データを打ち込むだけであったので、伝票等もパソコンでつくるようにしないと能率が悪いといったにすぎない。
(六) 被控訴人乙川は、平成八年四月三〇日、早退して自宅に帰り、自宅において、午後七時過ぎころ卓球仲間である田中千代香の訪問を受け、同女や妻とともに録画しておいた卓球の試合(全日本卓球女子決勝戦)を観るなどしたのであって、被控訴人にはアリバイがある。」
五 同一〇頁九行目の次に改行の上次のとおり加え、末行の「被告乙川は」の次に「被控訴人市から休職処分を受けて被控訴人社協に派遣されたものであって、」を加える。
「(被控訴人社協)
被控訴人乙川は被控訴人市を休職の上被控訴人社協の事務局長として派遣されたものであり、同人の選任及び事務処理能力等については被控訴人甘木市の意向に従ったものであって、被控訴人社協には同人の選任監督上の責任はなく、民法七一五条一項ただし書により使用者責任を免れるものである。」
第三 当裁判所の判断
一 請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。
二 請求原因2(一)ないし(五)(過大な業務を課すなどの職務上の嫌がらせ)の事実について
(一) 証拠(甲一ないし六、一四、乙イ二、三、二四、五〇、五一の一ないし八、原審の控訴人(第一回)、原審の被控訴人乙川)を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 平成八年三月ころまでに被控訴人社協の職員の給与規程の整備、財務関係の明確化等の必要が生じたことなどから、同年四月一日付で昭和五六年以降約一五年間被控訴人社協の事務局長であった井口一幸(以下「井口」という。)を老人福祉センター寿楽荘の職員へ異動させ、同人に代えて被控訴人市の職員であり同市福祉事務所次長であった被控訴人乙川を被控訴人社協に派遣してその事務局長に命じる異例の異動が行われた。
2 被控訴人乙川は、右異動の発令以降、右問題の解消に向けて精力的に取り組み、経理及び総務事務を担当していた控訴人から会計書類や帳簿に基づき事務処理について説明を受けるなどし、控訴人ら職員の意見を徴した上、平成八年四月一〇日、従前の振替伝票を支出命令、収入伝票、振替伝票の三様式に変更して記載事項も追加する旨の起案を、同月一五日、物品購入及び修繕についての事前伺票の様式を新たに制定する旨の起案をいずれも被控訴人社協会長宛作成提出してそのころ決裁を得たほか、寿楽荘の事務処理について被控訴人社協会長の決裁を得るにつき、新たに控訴人を経て被控訴人乙川に文書を回すように指示するなどし、伝票会計制度の改善(同年四月)、事務決裁規程の制定(同年五月)、事務分掌規程の制定(同月)、決裁・決算様式の改善(同月)、指定金融機関制度の制定(同年七月)、給料表の制定(平成九年一月)、給与規定の制定(同年三月)等の管理機構の見直しを行った。
3 控訴人は、平成八年四月には、決算資料作成のため二三日から二五日の三日間毎日三時間(合計九時間)の時間外勤務命令が出された。
なお、控訴人は、同年四月初旬から胃痛及び不眠症状を生じ、同月八日、甘木市内の江口内科の診察を受けたところ、神経性胃炎と診断され、以後精神安定剤等の投与を受けるなどして通院を続けた。
4 同年五月二九日に開催された被控訴人社協の平成八年度第二回理事会及び同年七月二四日に開催された第三回理事会において、平成五、六年に行われた井口ほか一名の被控訴人社協職員の欧州視察の費用負担や、控訴人の採用手続が適正であったのかが問題として審議されたほか、職員の給与問題等調査検討委員会の設置等が審議された。
5 被控訴人乙川は、右理事会等で職員の給与問題等深刻な問題が議題となっていることから、同年七月一〇日ころ、職員らに対し、被控訴人社協の解散も問題とされるかも知れないなどと話し、そのようなことが問題となった場合に備え、同月一二日、同人が案文を作成した「給与問題等委員会にて慎重審議された方針に従い、給料、その他の手当について、減棒、減額されても異議を申し述べないことをここに誓約致します。」との誓約書に控訴人ら職員が署名捺印することを勧め、職員らはこれに応じた。しかしながら、控訴人は、同月一五日ころ甘木市内の弁護士に相談した上、翌日右誓約書の自己の署名捺印部分を棒線で抹消した。
6 控訴人は、被控訴人社協の解散問題、自己の採用問題等を相談するため、従姉妹の夫でもある井口に相談し、同人の勧めにより二人で久留米市内の三溝直喜弁護士(本件訴訟代理人)の事務所に相談に赴いたところ、控訴人の精神状態を不審に感じた同弁護士から久留米大学病院で診てもらうよう指示され、同月二五日同病院精神神経科を受診したところ、うつ状態であり一か月間の自宅療養を要する旨診断された。
(二) 控訴人は、原審(第一、二回)及び当審本人尋問において、同年四月初めころ請求原因2(一)ないし(四)記載の被控訴人乙川の行為により自己の仕事が滞るという重圧感を抱いたり、非難されていると感じたと供述し、同旨の陳述録取書(甲六)を提出しているが、被控訴人乙川が控訴人に対し、着任早々控訴人の担当事務に属する会計書類、会計帳簿等の説明をさせ、振替伝票の様式を変更し、物品購入等の事前伺票の様式を新たに制定するなどしたことは、その任務に沿った職務を行ったものにすぎず、ことさらに控訴人に対し職務上の嫌がらせを行ったものと見るのは困難である。
また、控訴人は、原審(第一、二回)及び当審本人尋問において、被控訴人乙川が平成八年四月から六月までの間に前記請求原因2(五)記載の職務上の嫌がらせを行われたと供述し、同旨の陳述録取書(甲六)を提出している。しかしながら、被控訴人乙川は、原審本人尋問及び陳述書(乙イ九)において、過去の帳簿、伝票等の提出を命じたことはあるが、控訴人を拘束したことはない、書類に不一致が見受けられたのでその説明を求めたことはあるが、「お前盗っとりゃせんか。」とは言っていない、また、残業についての発言は、昼食後の職員らとの談笑の中でのものであり、控訴人に対して言ったことではない、パソコン操作については、データを打ち込むだけであったので、伝票等もパソコンでつくるようにしないと能率が悪いといったにすぎない、と述べていること、控訴人は被控訴人乙川に対し後述の過去の出来事などから嫌な気持ちを抱いていたことなどにより被害意識が増大していたことが窺えることなどにかんがみると、右主張の各行為があったとは認められないか、あるいは、そのような行為があったとしても、それが控訴人に対しことさらに職務上の嫌がらせとしてなされた違法なものとまで評価することは困難である。
三 請求原因2(六)の事実(性交要求)について
(一) 証拠(甲六、三〇、乙二八の二、原審(第一、二回)及び当審の控訴人)を総合すると、以下の事実を認めることができる。
1 被控訴人社協において会計事務等を担当していた控訴人は、平成六年七月ころ、そのころ実施された会計検査への対応を通じ、甘木市福祉事務所次長であった被控訴人乙川と知り合い、同人から誘われて間もなく親密な男女の関係になったが、被控訴人乙川は妻帯者であり、また、被控訴人乙川の求めにより同年九月末ころに一〇〇万円を貸し渡したりしたことなどから間もなく嫌気がさし、控訴人の意向により右関係は解消され、以後会ったりすることは全く止め、右一〇〇万円についても控訴人から被控訴人乙川に対し返済を請求することはなかった。
2 被控訴人乙川は、平成八年四月三〇日、午後五時を過ぎて居残って仕事をしていた控訴人に対し、「お前の家で飯を食わせてくれ。」と申し向け、上司からの頼みであり仕方なくこれに応じた控訴人は、午後七時一二分ころスーパータイホーに立ち寄って買い物をして(甲三〇)帰宅し、夕食の準備をした。被控訴人乙川は、午後八時五分ころ社協事務所のある健康保険センターのセキュリティーシステムをセットして退庁し(乙イ二八の二)、控訴人方を訪れ、控訴人と共に夕食をとった。被控訴人乙川は、夕食後、控訴人の寝室へ行って、控訴人を呼び寄せ、控訴人を押し倒して抗う控訴人の下着を剥ぎ取るなどして性交しようとしたが、控訴人が「痛い」と言うなどして抵抗したため止めて帰宅した。
(二) 被控訴人乙川は、右1の事実に関し、原審本人尋問において、控訴人と親密な男女関係はなかった、控訴人から一〇〇万円を借りたのは、平成三年ころパチンコ店でやくざに絡まれた際助けてもらった恩義のあるパチンコ仲間の松本勲(以下「松本」という。)から平成六年九月ころ一〇〇万円を貸してくれと頼まれ、悩んでいたところ、控訴人からどうかしたのか尋ねられ、事情を話したところ、控訴人から一〇〇万円を用立てする旨申出があったので、借りて松本に渡したものである、松本の住所、電話番号は知らない、松本からは借用書はとっていない、返済については、松本が控訴人に直接返済すると言っており、平成六年一二月ころ松本に会ったときに控訴人に直接返済したと聞いたので返済は終わっているものと考えていた、控訴人には返済があったか確認したことはない、その後平成九年三月に自宅近くを散歩中松本に出くわし、その際、松本から一〇〇万円を返済したというのは嘘だったと言われて驚き、同月二一日利息分一五万円を付して控訴人の給与振込口座に振込送金して返済した旨供述している。
これに対し、控訴人は、原審(第一、二回)において、前記認定事実に沿う供述をしており、右一〇〇万円については、控訴人が被控訴人乙川から、同人が女性問題で困っている、女性は一〇〇万円を支払えば分かれて東京へ行くと行っている、都合してくれないかと頼まれて貸し付けた、借用書はもらっていない、旨供述している。
両者の供述の信用性を検討するに、被控訴人乙川の供述内容は、甘木市福祉事務所次長(被控訴人乙川)とその監督下にある被控訴人社協の職員(控訴人)という仕事上の結びつきがあったというだけで、控訴人が被控訴人に対し一〇〇万円を貸すなどということは通常考えられない上、控訴人が被控訴人乙川に対しその返済を全く請求していないことも通常考えられないことであり、また、被控訴人乙川が住所、連絡先の分からない男に一〇〇万円という多額の金を借用書もとらないで貸し付けたというのも極めて不自然であり、さらに、本件に顕れた本訴提起後の松本に関する被控訴人乙川の言動も不自然極まりないのに対し、控訴人の供述内容には格別不自然な点はなく信用性を認めることができる(なお、控訴人と被控訴人乙川が初めて性交渉をもった日について、控訴人は自己の手帳に記載されているいくつかの○印の記載等をもとに記憶を喚起して、当初は平成六年七月一二日と述べていたところ、その後被控訴人乙川の反証にあってその供述内容に変更が生じたが、数年前の出来事についてもともと曖昧な手帳の記載をもとに敢えて特定の日を主張していたのであって(原審(第一、二回)の控訴人本人尋問の結果)、右変更は同人の供述全体の信用性にまで疑問を抱かせるものとはいえない。)。
(三) 被控訴人乙川は、右2の事実に関し、原審において、平成八年四月三〇日は同月二七日夜の二日酔いと風邪のため体調が良くなかったので午後四時ころ早退して帰宅した、同日午後七時三〇分ころ卓球仲間である田中千代香(以下「田中」という。)が職場からの帰りに訪ねてきて午後一〇時ころまで一緒に卓球の試合の録画ビデオ(乙イ六八)を見るなどしたものであり、アリバイがある旨供述し、原審証人田中もこれに沿う証言をし、また申立書(乙イ六)を提出している。
しかしながら、被控訴人乙川は前日卓球大会の試合に出場した上、四月三〇日も早退の届出をしていない(原審の被控訴人本人尋問の結果)のであって、体調不良で早退したというのは不自然であること、また、田中は被控訴人甘木市の職員であり、被控訴人乙川とは職場及び職場外の卓球クラブに長年所属している卓球仲間であるという関係にとどまり、それ以上に相互に自宅を訪問し合ったりする間柄にはなく、約一〇年前に被控訴人乙川の妻の母親が亡くなった際にお悔やみに被控訴人乙川方を訪問したことが一度あっただけであったから、午後七時半ころという時刻に事前に連絡もすることなく被控訴人乙川方に立ち寄ったというのは不自然であること、田中は被控訴人乙川が前日の卓球の試合で不調であったことから、翌五月一二日に予定されている試合に出場できるか様子を見にいった旨その動機を説明するが、前日会っているにもかかわらず、一〇日以上先の試合に出場できるかどうかを帰路の途中でもないのにわざわざ遠回りして訪問し様子を伺うというのも不自然である上、体調不良の被控訴人乙川と午後一〇時ころまで録画ビデオを一緒に観たというのも不自然であることなどにかんがみると、前記被控訴人乙川の供述及び田中の証言等はにわかに信用し難い。
これに対し、控訴人は、原審(第一、二回)及び当審において、同日健康保険センター棟で居残って仕事をしていたのは控訴人と被控訴人乙川の二人であり、被控訴人乙川から「お前のところで飯を食いたい。」といわれたので、先に帰って食事の準備をした、被控訴人乙川は食事の準備ができたころに「今から行く」と電話してきて間もなく来た旨供述しているところ、健康保険センター棟には被控訴人社協(職員一一名)と被控訴人市の健康課(職員一一名)の事務室があるが、右同日、控訴人及び被控訴人乙川以外の職員で午後七時、八時ころまで残っていた者はいないこと(乙イ二九、三〇、乙ロ3)、控訴人が同日帰りにスーパータイホーに立ち寄ったのが午後七時一二分ころであり(甲三〇)、健康保険センター棟を最後に退庁する職員がセキュリティーカードを用いてセットすることになっていたセキュリティーシステムが同日セットされた時刻が午後八時五分であること(乙イ二八の二)が認められるのであって、これらの事実は控訴人の供述内容に符合するものであって、その信用性は高いということができる。
なお、被控訴人乙川は、控訴人が当審において提出したスーパータイホーの平成八年四月三〇日のレシート(甲三〇)は、控訴人が他人からもらってきた可能性を否定できず、控訴人が自ら買い物をした証拠としては不十分であると主張し、同日ころの同スーパーのレシート(乙イ三七、三八)を被控訴人乙川においても提出するが、控訴人提出のレシートには、控訴人が原審において当初から夕食にいさきの焼き魚を出したと供述していたそのいさきを買った旨の記載があり、控訴人の供述内容と一致することなどにかんがみると、被控訴人乙川の右主張は採用できない。
また、被控訴人乙川は、自分はセキュリティーカードは所持していないと主張しているが、前任者井口はこれを所持していたことは明らかであり(乙イ三三)、井口は被控訴人乙川に対し健康保険センター棟のセキュリティーカード及び社協事務所のマスターキーを引き継いだ旨供述書を提出していること(甲二九)、被控訴人乙川の職務上の地位などにかんがみ、右主張は採用できない。
四 請求原因2(七)の事実(五月の身体接触)について
控訴人は、平成八年五月に四回にわたり、残業中に被控訴人乙川から会長室に呼び出されて、身体を触られ、キスを強要されたと主張し、原審本人尋問(第一回)においてその旨供述し、陳述録取書(甲六)も提出しているが、日時等に具体性がなく、右主張を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。
五 請求原因2(八)の事実(六月一日の身体接触)について
控訴人は、同年六月一日午後三時ころ、被控訴人乙川から会長室に呼ばれ、キスを強要され、着衣の中に手を入れて乳房や性器を触られたと主張し、原審本人尋問(第一、二回)において、当日は土曜日で出勤日ではなかったが、パソコン業者である株式会社シャニコン九州(大分県中津市)の代表者(吉冨幸二郎)によるパソコンの財務会計システムの変更作業があったため午前一一時ころ社協事務所に出かけたところ、既に業者も被控訴人乙川も来ていた、パソコン業者は午後一時ころ作業を終えて帰ったが、控訴人は仕事をしていたところ、午後三時ころ被控訴人乙川から会長室に呼ばれ、そこでキスをされ、着衣の中に手を入れられて乳房や性器をさわられた、その場から逃げ出したりするとその後仕事上厳しくされるのではないかと考え逃げることはできなかった旨供述し、同旨の陳述録取書(甲六)を提出しているところ、被控訴人乙川は当日は社協事務所に出かけてはいないと右事実を全く否認している。しかしながら、パソコン業者である株式会社シャニコン九州の代表者(吉冨幸二郎)は、右の日に日田から甘木まで高速道路を使用して往復したこと、社協事務所において被控訴人乙川事務局長と控訴人の二人が立ち会っていたことを認め、高速道路料金の領収書を提出している(甲一〇、二四の一ないし四、原審証人吉冨幸二郎)。
以上によれば、被控訴人乙川の右供述は信用することができず、控訴人の右供述等は信用性があるということができ、これらによれば、控訴人の右主張事実を認めることができる。
六 請求原因2(九)の事実(六月一二日の身体接触)について
控訴人は、同年六月一二日午後八時ころ、被控訴人乙川から応接室に呼ばれ、キスを強要され、着衣の中に手を入れて乳房を触られたと主張し、原審本人尋問(第一、二回)において、当日は午後七時ころから社協事務所のある棟の一室で点字パソコン教室の開講式が行われ、被控訴人乙川もこれに出席した、時計を見ていないのではっきりしないが、被控訴人乙川は、午後七時半ころから午後八時ころまでの間に退出して社協事務所に戻り、机上を片付けた後、被控訴人乙川のロッカーがある第三応接室に控訴人を呼び、数分間そこで控訴人にキスをし、着衣の中に手を入れて乳房を触った旨供述し、同旨の供述録取書(甲六)を提出しているところ、被控訴人乙川は六月一二日の点字パソコン教室の開講式に出席したが、被控訴人社協の会長の挨拶が終了した時点で退席し、午後七時三〇分ころには退庁したとして右事実を否認している。しかしながら、控訴人の右供述内容は具体的である上、第三応接室での出来事を除き、両者の供述はほぼ一致していること、一方、被控訴人乙川の前記一〇〇万円の交付に関する不自然な弁解や請求原因2(八)の事実に関する供述態度等に照らすと、控訴人の右供述等に信用性が認められ、これらによれば、控訴人の右主張事実を認めることができる。
なお、控訴人は、平成八年四月から六月までの間の以上認定の被控訴人乙川による性的行為につき、それぞれの行為が行われたころ誰にも相談を持ちかけたりしておらず、控訴人の採用問題その他の問題が生じた後の同年七月二三日に井口及び三溝弁護士に初めて打ち明けたというのであるが、それまでは自分がしっかりしていないからだという自責の念や人からもそう思われるのではないかという恐れがあり、また人に知られたくないという気持ちがあって誰にも相談できなかった旨供述しており(原審(第一、二回)及び当審控訴人本人尋問の結果)、これは性的被害を受けた者の心情として理解できるところであって、控訴人が自己の採用問題その他について井口に相談したり、同年八月五日に被控訴人乙川の性的行為を指摘して同人の解雇を求める行為に出たこと(甲一五の一、二)などをもって、控訴人と井口が共謀の上、被控訴人乙川を陥れるために性的行為による被害を作出したとみるのは困難である。
七 請求原因3(一)(被控訴人乙川の不法行為責任)について
以上によれば、被控訴人乙川の前記請求原因2(六)、(八)及び(九)の行為は、いずれも職務上の上司にある立場を利用して控訴人の意に反する性的行為を行ったものであり、控訴人の人格権、性的自由を侵害したものであって、不法行為が成立するというべきである。
八 請求原因3(二)(被控訴人社協の不法行為責任)について
被控訴人社協が被控訴人乙川の使用者であることは当事者間に争いがない。
被控訴人社協は、被控訴人乙川は被控訴人市から派遣されたものであり、同人の選任、監督上の責任はないから、民法七一五条一項ただし書により使用者責任を免れると主張するが、被控訴人社協は被控訴人市と職員派遣についての協定書(乙ロ二)を締結し、これに基づいて被控訴人乙川の派遣を受け入れたものであり、受入れ後は同人の使用者の立場にあったのであるから、被控訴人乙川が派遣職員であるからといって選任監督についての責任を免れるものではない。なお、被控訴人社協が被控訴人乙川の選任監督につき相当の注意をなしたことを認めるに足りる証拠もない。
次に、被控訴人乙川の前記各行為が被控訴人社協の「事業の執行に付き」行われたものかどうかについて検討するに、六月一日の行為(請求原因2(八))は、控訴人と被控訴人乙川が、休日(土曜日)に社協事務所におけるパソコン業者の作業の立会のために登庁し、立会事務が終了した後控訴人が同事務所で自己の仕事をしていたところ、被控訴人乙川が同事務所の会長室に部下である控訴人を呼んで性的行為を行ったものであり、時間外勤務命令が出されていなかったとはいえ、被控訴人社協の事務とみるべき立会業務と時間的に接着し、職場内で行われたものであるから、外形上その職務の範囲内の行為と認められ、「事業の執行に付き」行われたものということができる。また、六月一二日の行為(請求原因2(九))は、被控訴人乙川が、勤務時間が終了した後も引き続き仕事をしていた部下の控訴人を社協事務所の応接室に呼び出して性的行為を行ったものであり、職場内で勤務時間に接着して行われたものであるから、外形上その職務の範囲内の行為と認められ、「事業の執行に付き」行われたものということができる。
しかしながら、四月三〇日の行為(請求原因2(六))は、被控訴人乙川が勤務時間の終了後職場において残って仕事をしていた控訴人に対し夕食を食べさせてくれと頼み、控訴人方に食事のために訪問した際の出来事であって、被控訴人の職務とは無関係に行われたものであり、その場所も職場とは無関係であるから、外形上その職務の範囲内の行為とは認め難く、被控訴人社協の「事業の執行に付き」行われたものとみることは困難である。
以上によれば、被控訴人社協は、被控訴人乙川が行った前記請求原因2(八)及び(九)の行為に限り使用者責任を負わなければならない。
九 請求原因3(三)(被控訴人甘木市の不法行為責任)について
被控訴人乙川は、被控訴人市の職員の身分を有したまま被控訴人社協に派遣され、その事務局長の仕事をしていたことは当事者間に争いがなく、証拠(乙ロ一、二、原審被控訴人乙川、弁論の全趣旨)によれば、被控訴人乙川は、被控訴人市を休職となって被控訴人社協に派遣されたものであり、給与も被控訴人社協から支給されていたことが認められる。被控訴人社協は、被控訴人市とは別個独立の社会福祉法人であり、被控訴人乙川は被控訴人市の職務ではなく、被控訴人社協の職務を担当していたものであるから、同人の行った行為が被控訴人市の事業の執行に付き行われたと見ることは困難である。よって、その余の点について検討するまでもなく、控訴人の被控訴人市に対する請求は理由がない。
一〇 請求原因4(損害)について
(一) 被控訴人乙川の性的行為による損害額
被控訴人乙川の性的行為(請求原因2(六)、(八)及び(九))による慰謝料額について検討するに、以上認定の事実並びに原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、控訴人は二五歳のころ(昭和五三年ころ)結婚したが、一〇年ほどして離婚し、子供はなかったので一人住まいをしていたこと、平成六年夏ころの一時期被控訴人乙川と親密な男女関係にあったが控訴人の意向によりその関係は絶ったこと、平成八年三月下旬ころ、同年四月一日の異動により控訴人の方から親密な男女関係を絶った被控訴人乙川が被控訴人社協の事務局長に派遣されることを知って不安感を抱いていたところ、同人は着任早々に控訴人が担当していた経理事務等の見直しに着手したことなどから控訴人は職場において強いストレスを感じ、四月八日以降神経性胃炎で通院して投薬を受けるようになったこと、また、同年五月ころから、被控訴人社協の理事会において、控訴人の採用手続や被控訴人社協職員の欧州視察等の経理関係が問題とされるに至り、職場においては、場合によっては被控訴人社協が解散になるかも知れないとの話しが出るなどし、控訴人はこれらの問題に関して弁護士に相談に訪れるなどストレスがかなり増大していたことが窺われること、このような問題がある中、控訴人は被控訴人乙川から前記性的行為を受け、これがストレス増大の一因となったこと、同年七月二五日久留米大学病院においてうつ状態と診断されたこと、控訴人は平成九年四月一日からホームヘルパーに職務を変更されたこと、などの各事実が認められ、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被控訴人乙川の性的行為が控訴人に与えた精神的苦痛に対する慰謝料としては一五〇万円が相当である。
(二) 被控訴人社協が負担すべき損害額
被控訴人社協は、前記請求原因2(八)及び(九)の各不法行為について使用者責任を負うところ、これらの行為による控訴人の精神的苦痛に対する慰謝料としては一〇〇万円が相当である(被控訴人乙川の右一五〇万円の債務と被控訴人社協の一〇〇万円の債務は、重なる限度において連帯債務である。)。
(三) 弁護士費用
本件事案の内容や経過等にかんがみ、被控訴人乙川及び被控訴人社協は控訴人に対し連帯して弁護士費用として一五万円を支払うのが相当である。
第四 以上によれば、控訴人の被控訴人乙川及び被控訴人社協に対する請求は主文第一項1、2の限度で理由があり、本件控訴は理由があるから、これと判断を異にする原判決を主文第一項のとおり変更し、被控訴人市に対する請求は理由がないから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、二項、六五条、六四条、六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・川畑耕平、裁判官・野尻純夫、裁判官・岸和田羊一)